大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 平成8年(ワ)10961号 判決 1997年8月28日

原告

松崎正雄

被告

福井肇

主文

一  被告は、原告に対し、六二八万一六六六円及びこれに対する平成六年一一月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを五分し、その四を原告の、その余を被告の負担とする。

四  この判決の第一項は、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、三五八七万〇四〇四円及びこれに対する平成六年一一月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、公道上で自動車のタイヤを交換中であった原告が、被告運転の自動車に衝突され負傷したとして、被告に対し、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条に基づき損害の賠償を求めた事案である。

一  争いのない事実

1  被告は、平成六年一一月八日午後一〇時二八分ころ、普通乗用自動車(なにわ五七と一五九二、以下「被告車両」という。)を運転して大阪府守口市佐太西町一丁目一番四号の片側二車線の道路(以下「本件道路」という。)を北東から南西に向け進行するにあたり、制限速度を時速約一〇キロメートル超過する時速約七〇キロメートルで漫然と走行し、進路前方の第二車線(中央分離帯寄り車線)において左後輪のパンク修理のため停車中であった補助参加人(以下「宮田」という。)所有の普通乗用自動車(なにわ五七は八七八七、以下「宮田車両」という。)及び宮田車両の直近後方で右のパンク修理を手伝っていた中元雅之(以下「中元」という。)及び原告の発見が遅れたため、被告車両を宮田車両に衝突させるとともに、中元及び原告を跳ね飛ばし、中元を死亡させるとともに原告に重傷を負わせ、そのまま逃走した(以下「本件事故」という。)。

2  原告は、本件事故に先立ち、普通貨物自動車(大阪一一ほ二八八六、以下「原告車両」という。)を運転して、本件道路の第二車線を進行していたが、荷台に積載していた脚立を道路上に落下させたため、後続していた宮田車両を右脚立に乗り上げさせ、宮田車両の左後輪をパンクさせた。

3  被告は、本件事故当時、被告車両を所有して自己のために運行の用に供していた。

二  争点

1  原告の後遺障害

(原告の主張)

原告は、本件事故により、嗅覚麻痺(自賠法施行令二条別表障害別等級表(以下「障害別等級表」という。)九級一〇号)、味覚麻痺(障害別等級表一二級一二号)、頭痛、目眩、背部痛、手足の痺れ、肩凝り、右大後頭神経痛(障害別等級表一二級一二号)に該当する後遺障害(併合九級)を負った。

(被告の主張)

原告の主張する嗅覚障害は障害別等級表一二級相当の後遺障害にとどまり、他のものは他覚的所見を欠き、障害別等級表に該当する後遺障害とはいえない。また、嗅覚障害が労働能力に及ぼす影響は一般に軽微であるから、右による労働能力喪失率は、職業等実態に即して判断すべきである。

2  原告の損害

3  過失相殺

(被告の主張)

原告は、脚立を落下させた原告車両の運転者であるし、三角板等を設置して後方から進行してくる車両に注意を喚起する措置を講ずることなく、第二車線上でパンク修理をしていた点に重大な過失があり、大幅な過失相殺がされるべきである。

(原告の主張)

パンク修理のために停車していたのは宮田車両であり、宮田車両が三角板等の設置をしていなかったとしても、右事実をもってその運転者でない原告の過失と評価することはできない。また、原告車両に脚立を積載したのは原告ではないから、脚立が落下したことをもって原告の過失と評価することもできない。

本件事故は、もっぱら被告の速度違反、著しい前方不注視の過失によって惹起されたものであり、原告には過失相殺はされるべきでない。

第三当裁判所の判断

一  争点1(原告の後遺障害)について

1  甲第二号証の一ないし四、第三ないし第五号証の各一、二、第六号証の一ないし三、第七号証の一、二、第八ないし第一一号証、第一七、第一八号証、検甲第一ないし第四号証及び原告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、以下の事実を認めることができる。

(一) 原告は、本件事故により頭部顔面打撲裂創、頭蓋骨骨折、脳挫傷、外傷性クモ膜下出血、胸腹部打撲、右第五、左第七、第八肋骨骨折、両側血気胸、汎発性胸膜炎、腸管破裂、腸管膜損傷、肝破裂、外傷性膵炎、急性循環不全等の傷害を負い、平成六年一一月八日から同年一二月二七日まで守口敬任会病院に入院、同月二八日から平成七年一月一九日まで同病院に通院し、同月二一日から同年三月四日まで医療法人仁生会内藤病院(以下「内藤病院」という。)に入院、同月五日から同年四月二〇日まで同病院に通院し、同年二月二四日から同年七月二九日まで葛西形成外科病院に通院してそれぞれ治療を受け、また、同年五月一九日から同年七月二四日まで小原整骨院に通院して施術を受けた。

(二) 原告は、平成七年五月一六日内藤病院で、頭蓋骨骨折に伴う嗅神経の障害に伴う嗅覚、味覚の障害の症状を残して症状固定の診断を受け、また、同年七月二九日には葛西形成外科で顔面、頸部に外傷性瘢痕拘縮(前頸部に二七ミリ×一二ミリの瘢痕)を残して症状固定の診断を受けた。なお、原告は、平成八年九月七日、守口敬任会病院で自覚症状として頭痛、目眩、背部痛、手足のしびれ、肩凝りが残存し、右大後頭神経痛があるとの診断を受け、また、同年一二月二一日には大阪府済生会中津病院で、味覚検査において、鼓索神経、舌咽神経、大錐体神経各領域で高度に障害があり、特に苦みがスケールアウトであるとの診断を受けた。

(三) 原告には、現在嗅覚が全くなく、味覚も麻痺している、目眩、頭痛、背中や肩の凝り、手足の痺れが頻繁にあるとの自覚症状があり、また、みぞおちから臍にかけて開腹手術の跡が残っている。

2  右事実に基づいて、原告の後遺障害について検討する。

(一) 原告は、本件事故により嗅覚を脱失したものと認められ、右は神経症状ではないがこれに準じるものとして、障害別等級表一二級相当の後遺障害であると認めるのが相当である。

(二) 原告は、本件事故により味覚が減退したものと認められるが、味覚の脱失には至らずその減退にとどまる場合には、当該障害を残した者の職業等に照らし味覚の一部を失うことがただちに労働能力に影響を及ぼすことが明らかであるような特段の事情が認められる場合は格別、そうでない限り一般には労働能力に影響を及ぼすことはないと考えられ、味覚の減退があったことをもって障害別等級表所定の後遺障害に相当するものということはできない。

(三) 原告の訴える目眩、頭痛、背中や肩の凝り、手足の痺れについては、これを裏付ける明確な他覚的所見があることを認めるに足りる証拠は見当たらないものの、原告が本件事故によって受けた傷害の内容、程度に照らすと、医学的にみて全く根拠のないものであるということはできず、右は局部の神経症状として、障害別等級表一四級一〇号に該当する後遺障害であると認めるのが相当である。

(四) 以上によれば、原告は、本件事故により障害別等級表一二級相当の後遺障害を残したものと認められる。

二  争点2(原告の損害)について

1  治療費 七八九万三〇五八円(請求八一九万三〇五八円)

甲第二号証の二ないし四及び弁論の全趣旨によれば、原告は、守口敬任会病院における治療費として六七一万六一六〇円を負担したが、被告が自動車保険契約を締結している保険会社において同病院と交渉した結果、右費用を六四一万六一六〇円とすることで合意し、同病院に支払ったことが認められるから、右の限度で本件事故による損害と認められる。

また、甲第三ないし第五号証の各二、第六号証の二、三、第七号証の二及び弁論の全趣旨によれば、原告は、内藤病院における治療費として一〇九万二九一八円、葛西形成外科病院における治療費として一九万六四二〇円、小原整骨院における施術費として一八万七五六〇円を負担したことが認められる。

以上の合計は七八九万三〇五八円となる。

2  諸雑費 一四万八一一〇円(請求どおり)

弁論の全趣旨によれば、原告が、本件事故により諸雑費として一四万八一一〇円を負担したことが認められる。

3  近親者交通費及び宿泊費 〇円(請求一八万八一七四円)

甲第一九号証の一ないし三、第二〇号証の一ないし五、乙第一九号証及び原告本人尋問の結果によれば、東京都荒川区に居住する実兄の松崎瀧男及びその妻は、原告の守口敬任会病院入院中に原告を二回見舞い、その際相当額の交通費及び宿泊費を支出したことが認められるが、右は親族の情誼として原告を見舞ったものと認められ、右費用をもって本件事故と相当因果関係のある損害であると認めることはできない。

4  休業損害 二七四万一一八三円(請求二七九万一七四六円)

(一) 甲第一二号証の一及び原告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、原告は、本件事故当時株式会社関西美装(以下「関西美装」という。)に勤務し、本件事故前の平成六年八月から一〇月までの三か月間に一〇八万〇八五〇円の収入があったこと、本件事故により平成六年一一月九日から平成七年五月二一日までの一九四日間休業を余儀なくされたことが認められ、右の期間中の原告の休業損害は、次のとおり二二七万九一八三円となる。

計算式 1,080,850÷92×194=2,279,183

(二) 甲第一二号証の二及び原告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、原告は、平成七年五月二二日から同年七月三〇日までのうち一五日間休業を余儀なくされ、そのため関西美装から給与を一七万円減給されて支給されたことが認められる。

(三) 甲第一三号証の一、二及び原告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、原告は、右(一)、(二)の休業のため、関西美装における平成六年度冬季賞与を一九万二〇〇〇円、同平成七年度夏季賞与を一〇万円減額されて支給されたことが認められる。

(四) 以上の合計は二七四万一一八三円となる。

5  逸失利益 九七四万一八三一円(請求二四三五万四五七七円)

甲第一四号証及び原告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、原告は昭和二四年一一月二八日生まれで症状固定時には四五歳であったこと、本件事故当時関西美装に勤務し、平成五年には四七七万二六〇〇円の収入があったこと、前記後遺障害により嗅覚がなくなって溶剤の区別ができなくなり、目眩のため高所で作業ができなくなる等したこともあって、関西美装を平成八年八月三一日に退職し、現在は無職であることが認められる。右の諸事情に照らせば、原告の嗅覚障害が原告の労働能力に少なからず影響を及ぼしていることは明らかであり、他に原告に目眩、頭痛、背中や肩の凝り、手足の痺れ等の症状もあることに照らすと、原告は、四五歳から六七歳までの二二年間その労働能力の一四パーセントを喪失したものと認めるのが相当である。そこで、原告の右収入を基礎に、右期間に相当する年五分の割合による中間利息を新ホフマン方式により控除すると、原告の逸失利益は次のとおり九七四万一八三一円となる(円未満切捨て、以下同じ。)。

計算式 4,772,600×0.14×14.58=9,741,831

6  慰藉料 五五〇万円(請求九五〇万円(入通院分三五〇万円、後遺障害分六〇〇万円))

原告が本件事故によって重傷を負ったこと、前記のとおりの後遺障害が残ったほか、障害別等級表には該当しないものの味覚障害等現在も身体的な不自由を残すとともに腹部に手術痕を残す等していること、被告が本件事故を発生させた後逃走したことその他本件に顕れた一切の事情を考慮すれば、原告が本件事故によって受けた精神的苦痛を慰謝するためには、五五〇万円の慰藉料をもってするのが相当である。

三  争点3(過失相殺)について

1  前記第二の一1、2の事実並びに乙第一、第二号証、第五ないし第一〇号証、第一四号証、第二五号証、第二七号証、第三〇、第三一号証、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実を認めることができる。

(一) 本件事故現場は、片側二車線の高架の自動車専用道路の大阪市方面行車線上であって、右車線の総幅員は約七・九メートルで、二車線の走行車線のほかに中央分離帯側に幅員約〇・五メートル、路肩側に幅員約〇・九メートルの路側帯があり、現場付近は直線で道路の見通しを妨げる障害物はなく、見通しは良好であった。また、本件事故当時は、天候は晴れであり、夜間とはいえ本件道路には水銀灯が設置されて明るかった。

本件道路は、最高速度が時速六〇キロメートルとされており、本件事故当時は交通頻繁であった。また、本件道路は、駐車禁止及び歩行者・軽車両の通行禁止となっている。

(二) 原告は、本件事故当時、関西美装の同僚である中元及び白根英樹を同乗させて原告車両を運転して本件道路の第二車線を進行していたが、本件事故現場付近で原告車両の荷台にロープで固定して積載していた二本の脚立のうちの一本を道路上に落下させ、後続して走行していた宮田車両を右脚立に乗り上げさせ、宮田車両の左後輪をパンクさせた。そのため、原告は、原告車両を第二車線に停止させ、一方、宮田も、第一車線を多くの車両が通行しており、原告車両が既に第二車線に停止していたこともあって、宮田車両を第二車線に停止させた。

原告は、原告車両を降りて原告車両の後方に停止した宮田車両のところへ歩いて行き、宮田に謝罪するとともに、宮田車両のタイヤ交換を手伝うことになった。宮田は、当初後方から進行してくる他の車両に対して左側に寄るよう合図をしていたが、しばらくすると後方からの車両が早めに左側に寄るようになったことから安心して合図をやめ、宮田車両からスペアタイヤを取り出しタイヤの交換作業に取りかかったところ、その直後に本件事故が発生した。

本件事故当時、宮田車両は前照灯、テールランプを点灯し、かつ、ハザードランプを点滅させていた。しかし、反射板の設置は行われていなかった。

(三) 本件事故直前、本件道路の第一車線を普通乗用自動車を運転して走行中であった廣瀬親男は、第二車線に停車していた宮田車両を進路前方約五一メートルの地点に発見したため減速したところ、その後方を被告車両を運転して走行していた被告は、廣瀬親男運転の同車両を追い越そうとして第二車線に進路を変更し、時速約七〇キロメートルで進行したが、その際考えごとをしていたうえ、右後方に注意が奪われ進路前方の第二車線の注視を怠ったため、宮田車両の発見が遅れ、宮田車両が停止しているのを発見した後左にハンドルを切り、急制動の措置を講じたが、間に合わず本件事故を発生させた。

2  以上によると、本件事故は、被告の前方不注視の過失によって生じたものであるが、反面、原告にも、原告車両の積載物が道路上に落下しないよう十分な確認をすることなく原告車両を運転したため、原告車両から脚立を落下させて宮田車両のタイヤをパンクさせたために本件事故を誘発した点に過失が認められるうえ、右のような立場上宮田車両のタイヤ交換を手伝う必要があったとはいえ、夜間交通頻繁な自動車専用道路上で後方から進行してくる車両に十分な配慮をすることなく漫然と本件道路上を歩行、佇立していた過失も認められ、本件事故の発生には原告にも三割の過失があるというべきである。

四  結論

以上によると、原告の損害は二六〇二万四一八二円となるところ、過失相殺として三割を控除すると、一八二一万六九二七円となる。そして、原告が被告から一〇七一万三二六一円、自動車損害賠償責任保険から一七九万二〇〇〇円の支払を受けたことは当事者間に争いがないから、右からこれらを控除すると、残額は五七一万一六六六円となる。

本件の性格及び認容額に照らすと、弁護士費用は五七万円とするのが相当であるから、結局、原告は、被告に対し六二八万一六六六円及びこれに対する本件事故の日である平成六年一一月八日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求めることができる。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判官 濱口浩)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例